潜水服は蛾の夢を見る

主に映画の感想を語るブログです

コーダ あいのうた

ビヨンド・ザ・ショア

制作国:アメリカ・フランス・カナダ(2021)

日本公開日:2022年1月21日

上映時間:112分

監督:シアン・ヘダー

脚本:シアン・ヘダー

撮影:パウラ・ウイドブロ

音学:マリウス・デ・ブリーズ

出演:エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー 他

あらすじ:海の町でやさしい両親と兄と暮らす高校生のルビー。彼女は家族の中で1人だけ耳が聞こえる。幼い頃から家族の耳となったルビーは家業の漁業も毎日欠かさず手伝っていた。新学期、合唱クラブに入部したルビーの歌の才能に気づいた顧問の先生は、都会の名門音楽大学の受験を強く勧めるが、 ルビーの歌声が聞こえない両親は娘の才能を信じられずにいた。家業の方が大事だと大反対する両親に、ルビーは自分の夢よりも家族の助けを続けることを決意するが……。(映画.comより)


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評価:★★★★★

 

◆感想(ネタバレ)

昨日発表されたアカデミー賞のノミネーションでは作品賞、助演男優賞(トロイ・コッツァー)、脚色賞(シアン・ヘダー)の3部門でノミネートされました。どの部門も受賞の最有力候補というわけにはいかないようですが、非常に評価が高いことは間違いありません。


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映画.comの解説にもありますが、CODAとはChildren of Deaf Adultsの略で「⽿の聴こえない両親に育てられた⼦ども」のことだそうです。今作でルビーの家族を演じている、トロイ・コッツァー(父)、マーリー・マリトン(母)、ダニエル・デユラント(兄)はいずれも本当に聴覚障害のある俳優です。公式サイトによるとこのキャスティングは監督のヘダーの意向のようですが、本作の日本語版Wikipediaによると、母親役のマリトンの意向もあったようですね。

gaga.ne.jp

ja.wikipedia.org

 

今作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされたトロイ・コッツァーは、当ブログのなかで扱った『マンダロリアン』に出演していました。なんの役かというとチャプター5で出てきたタスケン・レイダーの役です。そういえば、マンドーが手話でタスケンと会話する場面がありましたが、あれが彼だったんですね。

starwars.fandom.com

dreamofmoth.hatenablog.com

 

さて、肝心の今作の中身ですが、非常におもしろかったです。なんといっても凄かったのが主演のエミリア・ジョーンズの歌です。歌の才能がある設定の役なので、ものすごくトレーニングをしてから撮影に臨んだとのことですが、すごくいい声でした。エンドロールでかかるBeyond The Shoreも彼女が歌っています。ただ、本当に感心したのはその歌声だけでなく、それを使った演技でした。劇中で先生からダメだしを受ける→改善するという場面があるのですが、ダメな声と改善したあとの声が、極端ではないけど明確に違いがわかるぐらいの絶妙な変化をするのがリアルでした。

 

今作はフランス映画『エール』のリメイクです。『エール』より今作の出来を評価する人の方が多いようですが(だからこそ脚色賞にノミネートされています)、私も今作の方が好みでした。概ねあらすじは同じ話なのですが、『エール』に比べると圧倒的にこちらの方が登場人物に深みがあるように感じられます。特に先生とお母さんの印象は今作の方が格段に良いです。

*以下ネタバレです。

 

 

 

 

 

 

 

◆ネタバレ

ルビーは音楽教師のベルナルドからマイルズとデュオを組んで歌うように指示される。ルビーの自宅でマイルズと練習するが、マイルズが来ていることに気付かなかった両親がセックスを始めてしまい練習は中断。マイルズがそのことを学校で悪気なく他の生徒に話してしまったため、ルビーは学校で笑いものにされてしまう。罪滅ぼしのため、マイルズはルビーのお気に入りの湖で一緒に時間を過ごし、二人は親密さを取り戻していく。

 

漁師の間では仲買人に魚を安く買い叩かれることが問題になっていた。レオは漁業協同組合を立ち上げ、お客に直接魚を売ることを提案する。

 

ルビーがマイルズと出かけている間にルビーのいない状態で船を出したフランクとレオは聾者のみで船を出すのは危険だとして、湾岸警備隊に通報され船の免許を停止されてしまう。免許停止を解除するためには必ず健聴者を船に乗せる必要があると裁判所で告げられ、ルビーは進学を諦めて家業を手伝うことを決意する。

 

学校での発表会が始まる。ルビーとマイルズのデュオに聞き入る人々の様子をみたフランクは娘の才能を確信。翌日家族で音大の受験に向かう。ルビーは手話を交えた『青春の光と影』を披露する。合格の通知を受けたルビーは家族のもとから旅立っていく。

 

◆感想(ネタバレあり)

圧巻だったのはクライマックスでルビーが歌う『青春の光と影』です。曲自体は昔からある、今作のために書かれたわけではない曲ですが、歌詞が物語と絶妙に合っていて本当に見事な選曲でした。

 

『エール』との違いにも少し触れたいと思います。

 

主人公の才能を見出してくれる教師のベルナルドは「発音が変だったことで奇異の目で見られたこと」をトラウマに感じるルビーに向けて、それは君だけじゃないと励ましますが、察するにメキシコ系であるベルナルド自身が英語の発音でからかわれたことがあったということなのでしょう。こういう設定は『エール』には無かったのですが、これがあるだけで全然この先生の見え方が違うので、非常に巧い改変だと思います。

 

また、お母さんのジャッキーは前半はルビーに依存的で人として未熟な印象を与えます。しかし、終盤になって彼女には健聴者だった彼女の母親と分かり合えなかったつらい体験があり、それゆえに娘と分かり合えない不安を抱え続けてきた人物だとわかると、一気に感情移入できるキャラクターに変貌します。実はこの設定も『エール』にはなかったもので、(『エール』だとこのお母さんは本当にただただ幼い人に見えます)細かいことだけど非常に重要な改変だと思います。この母親の告白に対するルビーの返しも秀逸でしたね。

 

そして、今作で個人的には今作で最もルビーを案じているのがお兄ちゃんのレオなのではないかと思います。妹に好きなことをさせてやりたいという責任感もそれがなかなか彼の力ではできない無力感も人一倍感じているのが伝わるキャラクターでした。『エール』では兄でなく弟の設定なので(これはそれはそれで『エール』の中では意味があったと思いますが)、これは今作独自のテイストです。

 

…とここまで絶賛モードで来たのですが、『エール』の方が明確に良かったところもあってそれが今作の数少ない問題点にもつながっている気がします。

 

今作は「健聴者の世界」と「聾の世界」が分断されたものであることをかなり強調して描いています。その間にいるのがルビーであり、主人公一家は彼女なしには健聴者と関われない人達として描かれます。そのせいですごくルビーへの依存度が高く見えるため、どうしても「じゃあ、この家族はルビーが生まれる前はどうやって暮らしてたの?」という疑問が浮かんでしまうつくりにはなっていると思います。その点『エール』では娘がいなくても健聴者と家族が意思疎通を図る場面がちゃんと出てきます。この点ではむしろエールの方が自然であるように思います。

 

ちょっと不満も書きましたが、少なくとも『エール』を観るまではそこも気にならなかったですし、全体的な完成度はかなり高い作品だと思います。

 

◆まとめ

エミリア・ジョーンズの声とその演技が良い。

・登場人物にしっかり奥行きが感じられる

・クライマックスの『青春の光と影』の歌詞が物語とリンクしていて絶妙。