潜水服は蛾の夢を見る

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Dr.コトー診療所


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制作国:日本(2022)

日本公開日:2022年12月16日

上映時間:134分

監督:中江功

脚本:吉田紀子

撮影:星谷健司 大野勝之

出演:吉岡秀隆柴咲コウ 他

あらすじ:日本の西端に位置する自然豊かな孤島・志木那島。19年前に東京からこの島にやって来たコトーこと五島健助は、島にたった1人の医師として島民たちの命を背負ってきた。島民とコトーとの間には長い年月をかけて築いてきた信頼関係があり、今やコトーは島にとってかけがえのない存在だ。コトーは数年前に看護師の星野彩佳と結婚し、2人の間にはもうすぐ子どもが誕生する。志木那島でも日本の他の地域と同じく過疎高齢化が進む中、島民たちの誰もがコトーの診療所があることに安心し、変わらぬ暮らしを送り続けていた。しかし診療所の平穏な日常に、ある変化が忍び寄っていた。(映画.comより)

 

評価:★★★☆☆

 

 

◆感想(ネタバレあり)

美談では終わらせてくれなかった

かなり予想外でした。

 

ドラマの『Dr.コトー診療所』では、コトーの活躍とそのコトーに憧れて医者を目指す剛洋の姿は常に美談として描かれてきました。今作はその美談を楽しんでいたドラマの視聴者に対して、それって本当に美談だったのか、ということ投げかける作品になっています。非常に意地悪かつ挑戦的なな作りの作品です。受け容れられないというファンもかなりいそうな気がします。

 

19年前の第1シーズンの段階で石田ゆり子が演じたコトーの元恋人から、この島の医療はコトーの自己犠牲の上に成り立っているという指摘がされていましたが、今作では同じ指摘が研修でやってきた判斗によって繰り返されます。終盤の土砂災害で次々と怪我人が診療所に運ばれてくる場面は、これ以上ない説得力で判斗の主張の正しさを観客に突き付けてくるものだったと思います。

 

コトーファンが美談だと信じていたものの負の側面を見せつけるだけ見せつけたあと、今作はそれに対する解決策を示さないまま(恐らく意図的に)棚上げをし直す形で幕を下ろします。クライマックスでフラフラになりながらもオペに臨む姿は感動的なのを通り越してどこか浮世離れし切ってしまったというか、一線を越えた狂気すら感じるものになってしまいました。

 

コトーが剛洋にかける言葉

もう一人の主人公とも言うべき剛洋は医学部まで進学したにもかかわらず、経済的な理由で医者になれなかったことが明かされます。剛洋がそのことをコトーに打ち明けた際に、コトーは“医者じゃないから命を救えないと思うなら、君は医者にならなくて良かったよ”と言葉をかけますが、これはかなり辛辣な言葉です。

 

普通に考えたら「必ずしも医者だけが人の命を救うわけではない」ということが示されることでこのセリフを受ける形になるのですが、今作では結局「医者にしか救えない命がある」という真っ当かつ残酷な真実が描かれる形で終わってしまいます。

 

作中で剛洋は島民からコトーの後継者として期待されていますが、裏を返せば島の医療の未来は剛洋に依存せざるを得ないということでもあったわけです。剛洋は島民に医者になれなかったことを打ち明けられずにいたのは、自分に課せられた期待以上の責任を感じていたせいでしょう。エピローグでもう一度医学部に入り直していますが、島の医者を目指すということは、今作で描かれたコトーの負の側面も引き継ぐことでもあるため、これまでのように無邪気には喜べない展開のように思います。

 

様々な解釈が出来るラスト

物語は無事に生まれたコトーと彩佳の子供が歩き出すところで幕を下ろします。赤ちゃんが歩けるようになるのは一歳前後なので普通に考えたら土砂災害のあった日から1年後ということなのでしょう。でも離島診療の基幹病院を作る話はどうなったのか、コトーの白血病はどうなったのか、剛洋は医学部に入るお金をどうやって工面したのかなど、作中にあった問題について何も説明されないエピローグではありました。残酷ではありますが土砂災害の日にコトーは本当は亡くなってしまっていて、このエピローグでの出来事はコトーが見ている夢、という解釈も出来なくはないように思います。

 

~追記~

後日Youtubeにアップされた原作者山田貴敏先生のインタビュー動画です。これによると中江監督としてはコトーを死なせるつもりでいたようですが、山田先生がそれを止めたようですね。


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役者陣の再演と撮影の美しさ

16年前に終わったテレビシリーズのキャストが勢揃いすることが話題となりましたが、メインキャストではない端役(漁師や村長)まで当時の役者が勢ぞろいというのはファンとしては大変嬉しいものでした。再演がかなわなかったのはくにちゃんぐらいだったと思います。

 

強いて言えば仲衣ミナが診療所の看護師を辞めているというのはお話的にはかなり違和感がありましたが、演じている蒼井優が撮影時に妊娠していて与那国島のロケに参加できなかったという事情があるからだと思うので、これはもうしょうがないでしょう(出てくれただけでも嬉しい)。

 

触れないわけにはいかないのは剛洋を演じた富岡涼ですね。既に俳優を引退しており、今作限定の復帰でしたが、本当にあの剛洋がそのまま大人になった姿を見事に演じていました。既に俳優ではないのでもう少しチョイ役なのかと思っていましたが、がっつり出番がありましたね。登場したときにあまり顔がちゃんと映らず、島に着いてシゲさんと会って初めて観客も彼の顔を観ることになる、という演出も良かった思います。

 

Dr.コトーと言えば与那国島の美しい景観の撮影ですが、今回も素晴らしかったですね。まず冒頭の海が映っているところから那美の乗っているフェリーがフレームインしてくるカットが本当に美しいです。ここを観ただけでもこれはいい作品だと思わせてくれる画でした。

 

実際の与那国島の医療体制

実際の与那国島の医療体制はどうなのかというと与那国町診療所というところが一手に引き受けているようです。医師が何人体制の診療所なのかは分かりませんが、少なくともこの記事を書いた時点では常勤の医師を募集していたので、人材が不足しているのは事実なんだと思います。

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まとめ

  • ドラマシリーズではあくまで美談だったコトーの存在について改めて問い直す物語