制作国:アメリカ(2021)
上映時間:138分
監督:スティーブン・チョボウスキー
脚本:スティーブ・レベンソン
撮影:ブランドン・トゥロスト
楽曲:ベンセ・パセック、ジャスティン・ポール
出演:ベン・プラット、ジュリアン・ムーア 他
あらすじ:学校に友達もなく、家族にも心を開けずにいるエヴァン・ハンセンが自分宛に書いた「Dear Evan Hansen(親愛なるエヴァン・ハンセンへ)」から始まる手紙を、同級生のコナーに持ち去られてしまう。後日、コナーは自ら命を絶ち、手紙を見つけたコナーの両親は息子とエヴァンが親友だったと思い込む。悲しみに暮れるコナーの両親をこれ以上苦しめたくないと、エヴァンは話を合わせ、コナーとのありもしない思い出を語っていく。エヴァンの語ったエピソードが人々の心を打ち、SNSを通じて世界中に広がっていく。(映画.comより)
評価:★★★★☆
◆感想(ネタバレなし)
冒頭の掴みがとにかく最高です。主人公のエヴァンがセラピーの課題である自分宛の手紙を書いているところからスタートするのですが、この手紙の内容にエヴァンの自意識の七転八倒振りが端的に示されています。もうここだけでエヴァンがどんな状況にいる人物なのかわかるのですが、そこからさらに畳みかけるように最初の楽曲で『Waving Through a Window』が始まります。明るい曲調ですが歌詞はエヴァンの孤独が詰まっていて、本当に冒頭の数分だけでエヴァンに感情移入させられます。
ミュージカルであることの必然性が凄くある作品だったと思います。あらすじにもある通りエヴァンはコナーの両親に対し嘘をつくわけですが、コナーが自分の友達だったという嘘には、自分を理解してくれる友達がずっと欲しかったエヴァン自身の理想の投影が含まれているので、エヴァンの本音が混じっています。それを表現するにあたってはいわゆる普通のセリフだと嘘であることの方が際立ってしまうので、彼自身の心の叫びとしての歌を使うことが必要だったのだと思います。
エヴァンを演じたのはベン・プラットという役者で、元のブロードウェイのミュージカルでもこの人がエヴァンを演じていたとのことです。アメリカでは流石に今回の映画版では28歳のプラットが、高校生のエヴァンを演じるには歳を取り過ぎているという批判もあったらしいのですが(28歳の俳優といえば、日本では菅田将暉とか竹内涼真とか神木隆之介とかですね。神木隆之介ならまだできる?)、私はこの人が演じてくれて良かったと思いました。
ミュージカル俳優なので歌声が素晴らしいのは言うまでもないのですが、私がとくに素晴らしいと思ったのが彼のエヴァンを演じる佇まいです。なんというか、絶妙な猫背具合なんです。エヴァンの感じている不安や劣等感、居場所の無さが一発で感じ取れる姿勢をしています。もう一つ良かったのが走り方です。回想シーンでエヴァンが木立の中を走るシーンが何回か出てくるのですが、この時の走り方がまた絶妙にダサいんです。イケてない男の子を見事に体現していました。
他の方の感想を読むと今作に対してはけっこう否定的な意見もあるようです。私自身は今作は肯定派なのですが、確かに欠点もあることは否定できません。特に大きな欠点なのは、起承転結で言えば「承」に相当する部分、エヴァンが嘘をつき続けているパートが割と長いということです。当然これは物語なので、エヴァンが嘘をついたところからさらにもうひと展開起きるわけですが、そこに至るまでちょっと中だるみしてしまう印相です。
ただ、そこを差し引いてもお話としては面白かったと思います。ミュージカル映画なので音響が大事ですから、やはり映画館で観ることをお勧めします。
*ネタバレ
◆ネタバレ
エヴァンの嘘によってコナーの家族は癒され、エヴァンもまたこれまであまり感じることの無かった家族の温もりのようなものを感じ始める。かねてから想いを寄せていたコナーの妹のゾーイとの交際も順調に進んでいった。
コナーの死を悼む学校の優等生アラナの発案で、コナーと同じようにメンタルヘルスに問題を抱える生徒を支援するコナー・プロジェクトが始まる。その一環でコナーが好きだった果樹園をクラウドファンディングで復活させるという活動が始まる。しかし、ゾーイとの交際に夢中のエヴァンはこの活動を次第にさぼるようになり、アラナからコナーとの友情について疑いの目を向けられる。エヴァンはとっさにコナーの遺書(ということになっている自分で書いた自分宛の手紙)をアラナに見せ、コナーとの友情を証明しようとするが、クラウドファンディングを成功させたいアラナはそれをSNSにアップしてしまう。
遺書の内容からコナーの自殺はコナーの家庭環境に問題があったからだという意見がネットで多数派となり、コナーの家族がバッシングを受けてしまう。エヴァンはついに自分が嘘をついてたことをコナーの家族に告げ、コナーの家族から拒絶される。自宅で一人落ち込むエヴァンを母親のハイディが受け止め慰める。立ち直ったエヴァンは本当にコナーのことを知っている人から情報を集め、彼がドラッグの更生施設で歌を歌っている様子を映した動画をコナーの家族に贈る。ゾーイに果樹園に招かれたエヴァンは彼女と話しをした後、改めて自分宛の手紙を書き始める。
◆感想(ネタバレなし)
エヴァンの嘘が瓦解していく展開は、今作のあまり良くないところだと思います。この描き方だとアラナの行動がいくらなんでも思慮が浅くて身勝手です。このシーンまでそういう人物しては描かれてなかったのでかなり不自然でした。同じようにアラナが遺書を公開してしまったのだとしても、もう少し描き方に工夫をして、アラナの完全な善意だったのに裏目に出てしまったことを強調したほうが良かったと思います。
ネタバレなしの感想で書いたとおり、今作はエヴァンが嘘をついている時間が長く、その嘘が瓦解したあとは、逆にいろんなことがテンポよく進んでしまいます。今作をあまり好きになれない人がいるのは、主にこの展開が不快だからなのではないかと思います。エヴァンのやっていたことは完全に倫理的にアウトなわけですが、その割には大したペナルティを受けず話が終わってしまいます。
この部分は確かに感じ悪いと言えば感じ悪い部分です。ただ、明確なペナルティは無かったかもしれませんがエヴァンを取り巻く状況も大きく変わったわけではなかったのも事実です。結局エヴァンには親しい友達や恋人ができたわけではなく物語は終わりますし、ゾーイはともかくコナーの両親に赦してもらえたのかは明示されません。ほんの少しだけエヴァンは孤独と向き合えるようになり、コナーの両親は息子の死を乗り越えるきっかけをつかんだぐらいの終わり方だった気がします。メンタルに問題を抱えているティーンエイジャーがたくさんいるという現実が実在する以上、エヴァンが明確なペナルティを受けたことで赦されるという、安易に何かが解決したような決着にしなかったのは意図的なもののような気がします。
あらすじとは直接関係ないですが、私はゾーイがエヴァンに家にやってくるシーンがとても好きです。ジャケットを脱いだら凄く可愛い服を着ていて、ゾーイがエヴァンに告白する決意を固めてやってきたのが衣装からも伝わってくるようになっていました。最後のシーンでエヴァンに会いに来たゾーイも、ちょっと会いに来ただけにしては綺麗めな服を着ていて、ここでの衣装もほのかにゾーイとエヴァンの今後のロマンスの再会を匂わせているのではないかと思います。
主演のベン・プラットのみならず、役者さんの演技は皆すばらしかったです。とくにエヴァンの母を演じたジュリアン・ムーアが母親としての心情を吐露しながらの歌唱シーン(おそらくジュリアンムーアの歌唱シーンはここだけだったと思います)は圧巻でした。お話に乗れなかった人も楽曲と役者さんの演技は十分堪能できると思います。
◆まとめ
・欠点もあるがお話としては面白かった。
・楽曲と役者陣の演技が凄い